「承継で雇用創出を」Uターンした若手経営者が承継元を募集


1963年、函館市美原2丁目にて創業したキング興産株式会社。函館の方には、タクシー事業者「キングハイヤー」の会社とお伝えしたほうがなじみ深いかもしれません。現在は、タクシー事業などから撤退し、駐車場事業や土地・建物の賃貸業、トランクルーム事業、バイクガレージ事業など不動産事業を営んでいます。 今回事業承継の「担い手」としてインタビューにお答えいただいたのは、同社創業者のお孫さん。3年前に函館へ戻り、同社でトランクルーム事業やバイクガレージ事業を立ち上げた取締役社長室長・今川幸亮さんです。函館圏の事業を受け継ぎたいと思ったきっかけや、どんな事業に興味があるのか。また、函館についてどんな想いを抱いているのかお聞きしました。


 

プロフィール 今川 幸亮さん(いまがわこうすけ)

キング興産株式会社 取締役 社長室長。1991年北海道 函館市生まれ。函館ラ・サール中学・高等学校、日本大学経済学部卒業。大学在学時から飲食業などのサービス業に興味を持ち、バーの経営などに携わる。ブライダル業界のほか、飲食、イベント、美容業界など人と関わる複数の業界を経験後、2018年に家業を継ぐため函館に戻る。

老舗ハイヤー事業者「キングハイヤー」の今


―いさり灯に事業承継の「担い手」として手を挙げた理由をお聞かせください。 今川:SNSでいさり灯を見かけ「次世代に託す」という想いに共感し、手を挙げました。どちらかというと「私が技術を継承する」というより、事業自体を継承し現場を若い人たちに任せることで雇用を生み出したい。函館で「チャレンジしたい」という意欲をもった若い人たちの雇用が生まれる環境づくりやお手伝いをしたい、と考えています。 とは言いながら、やってみたい事業はいっぱいあるんです。もともと大学ではホスピタリティマネジメントを学んでいたので、観光業界やホテル、ブライダル業界などでのマネジメントに興味があります。また、いつか自分の店を持ちたいと思っていたのもあり、飲食業やサービス業も手掛けてみたいです。コロナ禍で大手企業が撤退した大型店舗で、換気や距離を考えながら何かできないかな、と。ほかにも、空いているテナントを活用して、リモートワークの環境づくりなどもしてみたいとも思っています。せっかく戻って来たからには、キング興産をもう一度大きな会社にして、雇用を生んでいきたいです。 ―「キングハイヤー」創業者のお孫さん、とうかがっていました。キング興産株式会社について教えてください。 今川:はい。祖父が「キングハイヤー」を1963年に設立し、父の代で観光バスや運転代行にも事業を拡大しました。札幌や苫小牧まで進出したのですが、東日本大震災の影響も受け、少しずつ売却。その後、現社長である父が体調を崩したことをきっかけに、2014年にタクシー事業を道南ハイヤー株式会社様に売却しました。今、当社は10人もいない会社です。「創業以来のタクシー事業をやめる」と父から連絡をもらった時は、やはり寂しいという気持ちもありましたが、ちょうど自分が新卒で勤め始めた頃。これから社会に出て色々学んで吸収したいと考えているタイミングで「戻って自分が継ぐ!」とも言えず…。タクシー事業は難しい業種なので、元々両親も継がせる気は無く、父の代で終わらせるつもりだったみたいです。それに、父からすると「子どもが手がかからなくなったタイミングなので、もう手放しても良いのでは」という気持ちもあったのかもしれませんね。 現在は不動産業を中心に営んでいます。 ―ゆくゆくは会社を継がれるのですか? 今川:そうですね。そのつもりで3年前、28歳で函館に戻ってきました。 次男なので、本当に勘としか言いようがないのですが、なんとなく「継ぐとしたら自分だろうな」という直感のようなものはありました。 ―タクシーと不動産業は一見関係ないように思えるのですが… 今川:タクシーの駐車場や待機所がもともとあったので、それらを現在は不動産として活用しています。少しずつシフトチェンジしていった形です。五稜郭および本町周辺、美原、千代台などに計11ヵ所、駐車場を営業しているほか、本町や札幌などで建物や土地の賃貸もしています。近年はトランクルーム事業やバイクガレージ事業にも進出し、ご好評をいただいています。


―トランクルーム!最近市内にも増えてきた印象がありますね。 今川:実は、自分が帰って来た時点では、駐車場や賃貸だけでトランクルーム事業はやっていなかったんです。飲食店の従業員用にお貸ししている駐車場があったのですが、その飲食店が撤退して一気に空いてしまったんですよ。当時函館にはトランクルームがほとんどなかったので、じゃあ試しにやってみようか、と。2018年頃の話です。半年もしないうちに満室になって、数を増やしていった結果、現在は4ヵ所で営業しています。 あとは、トランクルームを始めたところ「バイクを預けられないか」というご相談が複数来まして。コロナ禍で今後屋外レジャーが発展していくだろうという時期だったこともあり、バイクガレージ事業も始めました。トランクルームに併設する形からスタートして徐々に増やしているところです。他にも何か新しい事業を始めよう!と自分の中でいろいろな青写真を描いている中でのコロナ禍だったので、考え直さざるを得なくなりました。

函館を出た若者から見た「今の函館」

―函館に戻ってくる前はどのようなことをされていたんですか。 今川:大学では経済学部に在籍し、ゆくゆくは自分で飲食店を経営しようと在学中に複数のお店でアルバイトをしていました。大学4年生の頃、運良くバーの経営に携わる機会があり、そこでいろいろと学ばせていただきました。ただ、そのまま飲食業界に就職はせず、新卒でご縁があったブライダル企業に就職し、ウエディングプランナーとして1年半ほど勤務しました。ただ、勤めていくうちに次第に婚姻組数が減ってきて、業界の今後が不安に…加えて、労働環境もあまり良くなかったため、体を壊してしまい退職。知人とともに独立し、1―2年ほど飲食のほかイベント関係の事業、美容関係、なんでも手あたり次第チャレンジしてみました。うまくいくものばかりではありませんでしたが、楽しかったですね。 いろいろやりながらいずれは自分の飲食店を、と思ってはいたのですが、自分が店長になったとして、年をとったり、家庭を持ったり、今と異なる環境になった時、深夜まで接客を続けられるか、という不安もありました。「理想」と「現実」のギャップですよね。


今川:そんなタイミングで父から「戻ってこないか」と連絡が入りました。働き過ぎで身体を壊したことも頭にあったんだと思います。葛藤がなかったわけではありませんが「もう十分かな」と思う気持ちもあり、函館に戻ることにしたんです。 ―函館に戻ってきて、第一印象は? 大学時代から合わせると10年近く離れていたので、街が「廃れたな」と思ってしまいました。人も減ってしまったし、20―30代の人が遊ぶ場所、集まる場所、エネルギッシュな場所が少ないな、と。 東京でバーテンダーをしていた頃、フェスの現場にレバノン人とイスラエル人という、ちょうど紛争中の国同士のスタッフがいたんです。誰かが「(一緒にいて)いいの?」と聞いたんですよ。そうしたら彼らは「ここは日本だから関係ない」「酒と音楽があればオールハッピー!」と…なんか良いな、と思いました。多種多様な人が集まるからこそ聞けた言葉ですよね。 自分が戻ってくる前に函館であったイベントやフェスの話も聞いていますが、帰ってきて1年ほどでコロナ禍になってしまったため、実際に体験はできていないんですよね。今同じ形でやるのは難しいと思いますし… 戻ってきて当初は、バスケットやドッジボールなどスポーツのイベントを企画したこともありました。ただ、ずっと函館にいる人と、東京や札幌から函館に戻ってきた人との間で、なんとも言えない温度差がありましたね。コロナ禍で集まりにくくはなってしまいましたが、戻ってきた人たちは「何かやりたい」「現状ではいけない」と考える人も多いので、そのエネルギーをぶつける場を作りたいな、とは考えています。

新しい世の中で、次世代のためにできることを

―私はずっと函館在住なのですが、函館出身でUターンやIターンをしたくても「仕事がないから」という理由で函館に戻れない仲間がたくさんいます。 今川:そうですよね。どこで事業をやってもできるとは思いますが、自分は「どうせやるなら函館でやりたい」と今は強く感じています。東京にいた頃は、新橋、恵比寿、六本木などで比較的客層が高単価となるお店で働くことが多かったので、さまざまな経営者からお話を聞く機会がありました。その中でも、とある経営者が企業理念、会社のミッションは「社会と次世代に貢献することだ」と話していたのが印象に残っています。自分で事業をやって、もうける、という話ではなく、若い経営者、事業者を増やしたいということです。


今川:そこから、「自分で会社を起業したい!」と思った人が、東京で起業するのではなく地元に戻れば、それぞれの地元がまた活気づくのではないか、という想いが頭をよぎりました。函館に会社が1つでも増えれば、若い働き手も増えますよね。20代30代の「当時の私」のような方に、プレイヤーとしてのチャンスを作ってあげられるようになりたいと思っています。 先日、大手企業が日本中のどこからでも出勤が可能なように、飛行機や特急、高速バスも交通費として認めるというニュースがありましたよね。今後もっとオンラインでの働き方、リモートワーク、テレワークが発展し、ワーケーションも増えていくのではないでしょうか。芸能人も東京と北海道半々で生活している方の話も聞きますし、函館に住むことがハンデにならない時代が来るかもしれません。 ―函館を活気づけたい、という想いが根底にあるんですね。 今川:はい。でも私一人で解決できる問題ではないので、他の方と一緒に協力してできれば良いなと。今は、同じ志を持った人を探しています。函館に住みながら札幌で飲食業を経営する友人や、函館で複数の業界で経営を行う同窓の先輩など、少しずつつながりを作っている状態です。多種多様な業種や人を組み合わせることで、実現するアイディアもたくさんあると思っています。 ―今後の展望を教えてください。 今川:今、ニューノーマル、新しい時代といわれていますが、アイディアひとつで大きく前進できる可能性がある世の中です。今までと全く違うやり方ができたり、なにか新しい切り口を見つけたりできれば、ガラリと状況が変わって来るのではないかとはすごく感じますね。 たとえば、今自分たちが営んでいる駐車場事業でも、中心地の駐車場は埋まっていますが、それ以外は空きが目立ってきている。10年先か20年先かわかりませんが、自動運転が発達してくれば、駐車場がいらない世の中も考えられます。そのため、施設を作り、自分たちのハードで事業をする、ということも視野に入れながら今から何か考えていかなければならないと思っています。全く違う世の中になっていくからこそ、視野を広げ、固定概念に縛られずに考えていきたい。たくさんの方のお話を聞ければうれしいです。

執筆 伊藤尚 撮影・編集 佐々木康弘函館経済新聞 編集長)




事業者・募集情報

商号

キング興産株式会社

所在地

北海道函館市本町11 -12

従業員数

7名

代表者

今川 芳久

資本金

1000万円

業種

不動産事業 トランクルーム事業

募集案件

キング興産株式会社に事業を承継(売却・譲渡)したい方を募集

交渉対象

飲食業、観光業など

交渉金額

条件等を勘案して決定

メッセージ

函館を若者がチャレンジできる街にしたいと思っています。「自分の事業を受け継いでほしい」「事業承継することで函館で働ける人を増やしたい」という想いがある方は、ぜひご連絡ください。